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ムーヴ編集部コーナー「チーム鶴亀」
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それは、親の責任

■何が何でも健康管理

はじめに叫んでおくが、誰が何をいおうと、親の役割は、子どもの安全と健康管理だ。これは人類共通の任務。さらに、北極のシロクマだって、南極のペンギンだって、子を守るために親は命をかける。(動物の場合は母親だけの場合が多いが。)心身の健康、安全環境を犠牲にしてまで受験する価値のある学校なんてありえない。

かつて私の塾の校舎時代。とあるお母さまから、「これからは、塾で体調が悪そうだったら、報告してくださいね。」と頼まれた。「了解っス!」と承ったものの、「あれれ?それって逆じゃないか?」と悩んでしまったではないか。「今日は家庭で体調が悪そうだったので、今日の授業は配慮してください。」なら健全?だってだって、家庭は食事、就寝という健康管理の根幹部分を担う場なのだ。そのうえ、赤ちゃん時代からつきあっているのだから、心身の弱点も熟知しているだろう。体調不良を発見するのは家庭の方が早いし的確ではないか。
夜も昼も、子どもの健康状態を観察してほしい。これは、ご家庭でしかできない。塾も小学校も、そのサポート役に過ぎない。
小学校高学年ともなると、かなり無理をする。特に受験生は、少々しんどくても健気(けなげ)にがんばる。で、突然、限界を超える。そうならないよう、表情や態度から見抜く洞察力が求められる。朝起きたとき、塾から帰ってきたとき、などの「再会の場」が有効なチェックポイントだと思う。さらに、「痛いとき、苦しいときは、ちゃんと報告するのよ!」という習慣を作っておくように。受験間近になると、さらに無理をするだろう。本番時期に倒れてしまってはなにもならない。虫歯や近視も本人が報告しにくい症状。(だって、歯医者ってイヤですよね?)虫歯も近視も命にかかわる病ではないが、受験勉強の観点では致命的に響く。なお、「おなかが痛いよぉ」も「アイスの食べ過ぎでしょ!」で済めばよいが、重大な心因性の症状(あるいは仮病)の恐れもある。これは危険信号。甘く見過ごさないよう。早期の治療を。

さて、ほんとうにダウンしてしまったとき。冷静に、理性的に対処するよう。それが親の役目。
模擬試験の朝。調子が悪そうなときどうするか?「だいじょうぶ?テストに行ける?どうする?やめる?」と問いかけても、子どもは回答に窮する。様子を見て、「今日は行かなくてもいいからゆっくり休みなさい!」などと、サッパリキッパリ判断。対応を決してあげる方がよいだろう。休むなら休む。徹底が必要だ。そして、とりあえずは「1回くらい休んだって関係ないからネ」と、安心させてあげよう。ただし、極端に過保護ならぬよう。あくまで学習への意欲は保つように。また、大げさに騒ぐと、子どもは、かえってプレシャーを感じてしまう。気分を軽くしてあげよう。(もちろん、病状による。)
ちなみに、鶴亀の母は、どちらかというと過保護過干渉系ではあったが、朝、私が体調すぐれずウジウジしていると、「グズグズいってないで、トットと医者に行くか、サッサと学校へ行くか、どっちかにしなさい!」(実際は関西弁)とスゴまれた。注射が大きらいな私はヨロヨロと学校に向かった。おかげで、中学高校6年皆勤である。。。
私がいうまでもないが、健康管理の基礎は、食と就寝のリズムを保った生活だろう。子どもは自分の生活リズムを調整する機能が十分に備わっていない。無謀な一夜漬けはやめなさい。頭がよくなる食事じゃなくてもよいから、あたたかい食事を規則正しく与えてほしい。

さて、まことにまことに憂える事態なのだが、子どもたちが危機にさらされている。学校教員だって信じられないじゃないか!という事件も発生しているのだ。ヤレヤレだ。かといって、つきっきりで備えるのにも限界がある。そこで、ご家庭では安全教育を徹底してほしい。「危険な場所には行かない」「見知らぬ人にはついていかない」。思えば、サザエさん的に平和だった私の小学生時代でさえそう教えられた。
連絡ルールを定めておいた方がよいだろう。たとえば、塾や駅からの「かえるコール」。緊急事態時は誰にどうやって連絡するか。ご近所との共同で子どもたちを守る体制もよいが、ぜったいに人任せにはしないこと。冷たいようだが、突き詰めると、子どもを守るのは、学校でも警察でもお隣のおばちゃんでもない。親権を持つ親のみの義務だ。と、いう覚悟であってほしい。
なお、携帯電話は連絡ツールとして活躍するものの、使い方を誤ると重大な事故も招く。しっかりとした教育が求められる。注意してほしい。

■スケジュール管理

受験が直前になると、受験生本人はものすご~く忙しくなる。その重量感に、ウンザリとしてしまう。そこで、ご家庭でのスケジュール管理能力が問われる。受験までの計画は、子どもといっしょに練ろう。計画は与えられるものではなく、自らがつくったものだ、という印象を与えるように。そうして、主体的に行動する習慣を育む。以前にもお話ししたが、私の経験でも、少年野球やピアノのレッスンと両立して、トップ校に合格した生徒は数多いのだ。
親子でスケジュールをしっかり共有する。キッチンのカレンダーにしっかり書いておくのもよいだろう。先に何があるのかを、本人がしっかりと見通せれば、受験勉強の徒労感が軽くなる。心の準備ができるからだ。
「来週の日曜日は~」「11月になったら~」と遠くを見通す意識を与える方がベターだと思う。人間は見通しのいい場所の方が心落ち着くはず。「明日は模擬テストだから、7時に起きなさいよ!」なんて、目先の予定に追い立てられる生活は大人でもキツい。それは避けてほしい。

■家族コミュニケーション

子どもが自分で鍵を開けて帰宅する。子どもがひとり食卓で夕食を食べている。子どもが家族の中で一番遅くまで起きている。そんな日常に陥っていないだろうか。子どもは保護なしでは生きていけない。親だけが頼りなのだ。常に親が守ってくれるという意識こそが礎。親に冷たくされるのが、致命的に悲しいのだ。
健全な中学受験生(受験生に限らないが)を育てる、基本の基本が、家族の密なコミュニケーション。
賢明な保護者のみなさんは理解しているとは思う。が、しかし。コミュニケーションというと、「今日は何があったの?」「塾の授業はわかった?」などと、尋問のように陥る。それでは、逆効果。子どもは、かえって口ごもってしまう。
親の役目は聞き役。トーク番組の司会者の役割。腕利きの司会者は、ボケたりつっこんだり、大げさにリアクションしたり、自分のネタで引き立てたり、テーマに合わせて軌道修正したり、そうして、ゲストの話題を引き出し、トークを盛り上げる。話題は何でもいい。親子なのだから、バカ話でもよい。会話そのものが楽しい!という状況がベストだ。そして、とりあえず聞いてあげる姿勢が要。話を聞いてもらえれば、それだけで癒やしなのだ。大人でも同じだろう。
そもそも家族コミュニケーションの文化が築かれていれば、深刻な話題も自然に相談するようになるし、ときには、厳しいお説教もできる。学校を決定するときも本音で議論できる。さぁ、これからは家族のコミュニケーションの時間だよ、な~んて構えないように。たあいない話題で盛り上がる日常であってほしい。
余談だが、私の故郷のコトバは、滑らかなコミュニケーションに便利だ。子「あかん。。テスト、ぜんぜん、できへんかったぁ」→母「なに、しとん!ちゃんと勉強せーへんからとちゃう?あんたアホなんやから、根性で受験しぃ。」→子「おかあちゃんの息子やから、しゃーないやん。」などと、ズケズケと会話できるからお気楽。これは、東京語に翻訳すると、けっこうシビアな会話だ・・・。

まずは、塾帰りも、玄関のベルで鍵を開けて「おかえりなさい」のヒトコトで迎えてあげることから始めてほしい。食事も時間帯が異なっても、できる限り食卓にいっしょに座って話し相手になってあげるべきだと思う。


■親が作る学習環境とは?

頭がよくなる勉強部屋、な~んて、カーテンのカラーリングから空気清浄機まで整えるのも、それはそれで効果があるだろうが、度を超えないように。絶滅寸前の保護動物ではないのだ。
学習塾では、子どもたちは床にノートを広げ、ペタっと座り込んで勉強していた。(なぜ机に座らないのかはナゾ。)職員室のコピー機の上に教科書を置いて立ち勉強していた。(とりあえず乱雑な職員室の中で平らな場所を探したのだろう。)何がいいたいかというと、大切なのは物理的な環境よりも、周辺の人間では?ということ。塾には先生がいるし、同志も集まるっているから、勉強しよう!という気分も高まるのだ。で、廊下でも漢字を覚えるようになる。
というわけでで、家庭での環境作りの要所は、きれいな空気より、お父さんお母さんの存在にある。お父さんが読書しているとか、お母さんはセーターを編んでいるとか。そんな優雅な家族はいないよ~!と叱(しか)られるかもしれないが、そういう環境でこそ、「じゃ、オイラは勉強でもするかな」となる。勉強は勉強部屋でやれ!といいつつ、お父ちゃんがしょ~もないバラエティ番組で爆笑している場合か!
勉強と余暇のケジメをつけろ、といいたいが、それは理想。(あくまで鶴亀の私見だが)食卓やリビングのテーブルで勉強してもよいではないか。そういうときは、親にコミュニケーションを求めていることが多いのだ。(前述のコピー機勉強の生徒も教師にかまってほしいということだ。)教科書を見て、「へ~、こんなに難しい算数やってんのか、オマエ、すごいな~」などと、おだててみるのもよいだろう。
加害者?である塾講師が申し上げるに恐縮だが、家庭学習って、けっこうキツいのだ。家庭は食べたり寝たりする場。そもそも、勉強や仕事に勤(いそ)しむ場ではない。勉強しなくちゃ、という前提がないのだ。ゆえ、家庭で勉強するのは精神力も体力も要する。お父さんだって会社から帰宅して、さらに明朝までの「宿題」があったらどうする?会社で残業していた方がまだマシだろう。家庭学習の困難さに同情してあげてほしい。
物理的な環境より、気持ちの問題だと思う。そして、その気持ちを作るのは、保護者のちょっとした気づかいだ。
ちなみに、昨今、近所のコーヒーショップでは、高校生くらいの若者たちが、電子辞書をかたわらに勉強している姿を見かける。わざわざ、近所のお上品なおばさま?が「ガハハハハ!」と井戸端会議をしているワイルドな環境で・・・と思うが、さぁ、勉強するぞ、というケジメがあるので、静かな家の勉強部屋より、はかどるのだと思う。塾のシステムや体制にもよるのだが、もし可能であれば、塾を自習の場として使わせていただくのがよいかもしれない。

■これは、最低限やってはいけない

反抗期(=親離れ期)の入り口の基本行動は「親のアラ探し」にある。
幼児にとって親は絶対的な存在。ところが10歳くらいで認識力が高まると、客観的な視点を持つようになる。そこで「お父さんがイチローみたいだったらなぁ」「お母さんが仲間由紀恵みたいだったらなぁ」と落胆?するようになる。ま、そう望まれても、いまさらどうしようもないし。(ですよね?)カンペキなお母さんお父さんを演じるのもタイヘン。あまり無理のないよう。最低限のお約束は「ごまかしをしない」だろう。つまり卑怯なワザを使わないということ。12歳には大人のズルさを見抜く力がある。なんだかんだいっても、ボクの私のお父さんお母さんが一番!という評価を保ってほしい。アラ探しをする反面、実は自分の親は世界一だと一生懸命に評価しようとする心理がある。それが裏切られたときに破壊が始まるのだ。

■スマートなエスコート

日本の男性にはエスコートという技術が欠けると責められる。デートの場面でも、ウジウジと判断を保留したり、ヤボに女性を連れ回したり、逆に女性に連れ回されたり?くだらないたとえで恐縮ではあるが、対子どもでも似ていると思う。それでは、子どもは不安に陥る。昨今の保護者のみなさんは、「子どもの願うとおりに」といいつつ、実は親の判断を保留しているのでは?
でもでも、親が押しつけてはならない。デートの場面でも、「貴方に任せるわ」といわれても、「自分(男性)の好きなようにする」ではなくて、女性の気持ちを察して判断するのがスマートなエスコートだろう。「ええ!どうして、私の食べたいものがわかったの!うれしい~!」で合格なのだ。
受験校を決定するのは親の役割。子どもに受験校を決めろといっても無理。12歳の子どもが何を知っているというのか!「自分(親)としてはどうしたいのか」「相手(子ども)にとっては何が有益なのか」この2つの観点で導く。そして、「意見を取り入れる」「説得する」というプロセスを経て最終決断を下す。優柔不断も責任回避も判断保留もない。決めたことは決めたこと。「責任はすべてオレにある。だからついてきてほしい。」と揺るがない。前号でお話しししたハードボイルドではないか。「オマエが受けたいなら受けろ、落ちても知らんぞ!」なんていう親に、極楽浄土はほど遠い。
今回、本誌別コーナーで男子校特集があり、主に「過保護」の話題を書かせていただいた。逆に、女子の場合は放任傾向となる。父親が、「女の子だから、そんなにがんばらなくてもいいぞ」なんて、まるで人ごとのように伝えるのはぜったいに危ない。私も「親に期待されていないのでは・・・」と寂しそうな女子生徒の記憶もよぎる。女子であっても、力強いリーダーシップでエスコートするべきだと思う。

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自分のことを棚に上げて、ガミガミと恐縮ではある。一部は前号の記事内容との繰り返しである。とにもかくにも、読者ご家庭のお子さま方の、健全な成長と受験の成功を祈る気持ちにて。少々の極論もご容赦ください。
特に小学校6年生のご家庭は、夏期の学習はたいへんだったと思う。暑い夏の成果が実るよう、祈っております。 鶴亀算太郎

ムーヴ 2007年2号(9月発行)掲載記事より

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