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さて、ムーヴをお読みの皆さん、今年も、ムーヴに登場する鶴亀算太郎です。昨年度に引き続き「受験勉強」をテーマにお話しします。2009年度第一回は、受験勉強の基本的な姿勢について。例によって鶴亀の偏った主張も盛大に含むのはお許しいただきたいが、読者ご子女の志望校合格のために、ほんの少しでも役立てば幸いに思います。
【この記事は「ムーヴ」2009年度第1号掲載記事です(一部改)】
■クールでニヒルでもいいじゃないか!
私がまだ塾の校舎に努めていた頃の思い出話。
帰宅時の小6生にカウンター越しに話しかけた。「○○(生徒の姓)、最近、がんばってるなぁ」。その生徒は、私に目を向けるまでもなく、「だって、勉強しなきゃ、中学受からないじゃん」。う~む。まさにその通り。この年頃の女子生徒は大人。意思が固く現実派。クールでニヒルな表情も似合う。「だってぇ、ママにぃ、叱られるんだも~ん」なんてウジウジしている男子とは大違い。ま、それは大人でも同じか(苦笑)。
中学受験の過程では、将来の人生に役立つ貴重な糧を得る。そう再三にわたり申し上げている。ただし、これは、二次的三次的な成果。目的というより結果。中学受験を目指す学習塾の使命は「志望校の合格」だけ。受験勉強の目的は志望校に合格するため。小学生にとってはシビアだが、それが受験勉強。それを、しっかりと理解納得したうえで挑んでほしい。ご家庭でもはっきりと宣言してあげるべきだ。そんなの冷たい教育じゃないか!などと批判している場合じゃないと思う。だって、本当のホットな学問は進学先の私立中学校で体験できる。ムーヴの学校レポートよく読んで期待してほしい。でもでも、まず、その中学校に進学するためには何が必要か?少なくとも、我々受験勉強の指導者はその目的を曖昧にしてゴマカスべきではないと肝に銘じたい。
受験勉強そのものは害悪でもなんでもない。TVのクイズ番組でネタにされるような奇怪な入試問題だって、その問題を課す私立学校の教育方針の現れであって、その問題自体は子どもに危害を与えたりしない。もちろん心身の健康を害するようなやり方はマズい。だが、それについては、親子関係、健康管理など別の観点で論じるべきだろう。
未だに、中学受験勉強を非人間的だ!と叫ぶ報道も見かける。その都度、新聞記者やテレビ局は塾の現場をご存知なのだろうか?と疑う。私の10年あまりの経験でも、塾の教室はそんなに悲惨な場ではなかった。子どもたちは、受験という目標を取り除いたとしても、しっかりと勉強して、力を付けたいと願っていた。それが健全な『人間的な』成長への意志というものだ。
ともかく、そのような議論は空しいのでこれくらいでやめておこう。少なくともご家庭の方針として中学受験を決めたのであれば、それに向けて迷ってはならない。保護者の方の迷いは、子どもたちの不安を生む。一度決めたのであれば少々マッチョに導きとおすのが正解だと思う。(鶴亀は公立中学校進学でも全然いいじゃん!と思う。どちらであっても、あくまで積極的な選択であってほしいし、しっかりと納得させて導いてあげてほしいという主張です。)
ご家庭では目的を持たせてあげてほしい。それは「受験の合格」でシンプルに。そして「明確な目的がある努力は目標達成こそ意味があるのだ!」と伝えてほしい。もちろん根性論は禁物。ご家庭では科学的で暖かい心身の健康管理をお忘れなく。
■受験は競争ではない!他人を気にかけるな。
さらに、思い出話。
校内(塾内)の順位が上がった生徒(今度は珍しく?男子)をほめた場面のリアクション。「塾内で順位が上がったってしょうがないじゃん」。若干、「この塾で勝ってもしなぁ」は含まれている(汗・・・)とはいえ、真意は、「模擬試験で他人の上を目指すことに意味はない。目的は本番で合格点をとるだけだ。そのために孤高に勉強するのだ!」となんともハードボイルドヒーローなスピリットなのだと確信した。つまり、競争相手を意識せず、まさに自分との戦い。
この生徒は中学入試を検定試験や資格試験のように捉えているのだ。検定や資格は基準点に達すると合格できる。この姿勢も、受験生としては正しい。受験では「偏差値」という相対数値で評価される。競争には違いない。が、しかし!「○○中学校の入試で80%得点する」を目標にするのが健全。他人の不幸を喜び、毎週の小テストの順位に一喜一憂するだけで終わるような姿勢は避けたい。
受験は格闘技や球技のような一対一で、相手を直接的に打ち負かすというものではない。自分が、ある水準に達すればよいだけ。彼は続けた「だって、クラスのみんなと志望校も違うし」。なんと論理的だ。
基本的には受験勉強はヒトリで取り組み本番はヒトリで戦う。入学試験にダブルスも団体戦もない。塾で友人と教え合うのも効果を生むが、基本は、とにかくヒトリでがんばるハードボイルドな姿勢を保ってほしい。
学習の基本は自学自習。自分で悩み、自分で解決し、自分で表現する。これが、理想的な学びのフロー。子どもたちは授業中に伸びているのではない。自ら学ぶ場(家庭であったり自習室であったり)で伸びているのだ!授業を受けただけで成績が上がるほど受験勉強は甘くない。
伸びる子はマイペース。塾の授業後、「オレ、今日はウチでやるから、先に帰るよぉ!」と、友人を裏切ってサッサと帰ってしまう子だ。ライバルは敵にあらず。共に励む存在。実は競争心に燃えない子が、結果的に競争に勝ってしまうのだ。ご家庭でも、あまり競争心であおらず、もっと絶対的な自己との戦いを促すべきだと思う。よその子の成績なんてどうでもよいではないか。
ちなみに。マイペースというと、「協調性に欠ける」「競争心がなくノンキ」など、受験に不向きとされがちだが、それは誤り。真にマイペースな子は、「自分の空間や時間を大切にする」「自分の力を客観的に把握している」「不用意に他人に干渉せず尊重する」のだ。お忘れなく。実は受験には強い。
■受験勉強とは技術の習得
保護者の方に警告。
受験勉強とは何か?実は保護者の方が忘れてしまっているのだと思う。それなのに子どもたちになんとなく勉強を強要する。そこでギクシャクする。まずは、受験勉強のリアリティを思い出してから、お子さま方へ要求してほしい。
お母さんでもお父さんでも。最近、勉強の経験をお持ちだろうか?ちょっと会社の研修で商法とか国際情勢の本を読まされただけで勉強だと勘違いしていないだろうか?
「わたし(母)、○○ちゃんが△△中学受けるなら、いっしょに東京大学を受けるワ!」と宣言してみるとする。仮にお母さんが東大入試経験者・卒業生であっても、アラフォー時代?にふたたび受験勉強はシンドイ。本屋で東大の「赤本」を開いてみる。そうして、自分が今何をするべき計画してみるとよいだろう。
そうすると、受験勉強って、勉強というより「技術の習得」に近いんだ、と思い出してくる。楽器の練習と同じ。才能にも左右されるが、楽器の名手は、それなりの努力を積み重ねている。ピアノやバイオリンなど伝統的な楽器は、習得法のスタイルも確立しているため、将来、バッハの難曲「ゴルトベルク変奏曲」や「無伴奏パルティータ」を奏でようと思ったら邪道はさけ正統派コースで努力するのみ。
エラい先生の営業妨害は避けたいし、私もトキドキその手の話題をエラそーに記す場合があるのだが、「こうすれば頭が良くなる」とかそんなのはホドホドに。技術の習得と開き直り、古典的でベタな学習手法でよいではないか。突き詰めるとけっきょく地道な努力だ。もう、「薪を背負って書を読む」世界だ。イチロー君だって、康介君だって、真央ちゃんだって、卓越した才能は認めるが、彼らがどれだけ練習を重ねたのか!その練習のベースは、実は毎日の地道な筋トレなのでは?受験勉強も彼らに見習うべきだろう。
■正統派のすすめ
さて、そろそろ具体的なアドバイスをしておこう。私は、特に「鶴亀式」のような画期的な指導法を持たない。「正統派」受験勉強。各塾の手法に反する内容もあるので、あくまで鶴亀の主張として参考にしていただきたい。
○あれこれ手を出すな
私の経験。私も一応、高校と大学は受験した。劣等生の私なりにそれなりに苦労はした。(その苦労はその後の人生で無駄になった・・・・・)
私は教材を絞った。あれこれ参考書を買わず。学校や予備校の教材だけを極めた。英語はめんどうだから、ある一冊の教科書の例文をひたすら覚えた。その方法が万人に適するかは断定できないが、「これだけ完成すればなんとかなる」という信念は、集中力を生み学習をシンプル化できた。結果としては功を奏したと思う。あれこり工夫するより、目の前のものを活用して取り組む。我ながらストイックだと思う。
学習塾に通っていたら塾のメインテキストがあるはず。塾のクオリティにもよるとはいえ、その塾を選んだ以上、まずはそのテキストに従いなさい。1冊の教材を極める。算数も同じ問題を覚えるほど繰り返せばよいのだ。
別の観点で補足。特に中学受験指導(特に算数)は、塾や教材によって手法が異なる。いずれかに統一した方がベター。
○図書館へ行け!本に囲まれろ!辞書を使え!
かつて正統派の受験勉強の場は図書館だった。今だってそうだ。私立学校を見学すると放課後の図書室で黙々と学ぶ生徒に感心する。
日頃のテキストは絞ってよいが、理科や社会など多彩な資料を要する。でも、いちいち買っていると家計に響く!ので、図書館へ行こう。そもそも子どもたちって図書館が好きでしょう?小学生くらいだと、まだ図書館で本に囲まれワクワクする気持ちが残っている。図書館には植物図鑑も地図帳もある。首都圏にお住まいのご家庭であればせいぜい自転車の距離に公立の図書館が待っているでしょう?日曜日にお父さんと一緒に図書館で疑問点を一気に調べる。資料を収集する。自習室型の図書館は少ないとは思うが、ちょっとしたメモならベンチでもできる。
辞書を調べる行為も正統派学習の基本。中学受験の備えに英語は不要だが、漢字ドリルでも意味不明なら辞書で調べてほしい。理科や社会の知識だって国語辞典でもけっこう解決する。辞書で勉強する。正統のなかの正統。
今の時代だから電子辞書でもよいだろう。私の愛用する電子辞書には、スーパー大辞林も漢字源もOXFORD類語辞典まで入っていて、まさに宝の持ち腐れだが、私も辞書を友とする姿勢を保っていきたい。
○やっぱり暗記が命。暗記というより「記憶」か・
世の中には、キミはハイビジョンカメラか!とツッコミたくなるくらい覚えてしまう天才的な暗記力を備える人間もいる。が、凡人の場合は、もう気合いだ!とはいえ、決して一問一答クイズのような暗記は避けるよう。これは当然。クイズ番組に出場するわけではないでしょう?
「暗記」というより「記憶」と呼ぼう。理解するだけでテストで得点が取れると思ったら大間違い。その理解を「記憶」しなければならないのだ。人間の頭はコンピュータと似ていて、あえて記憶させなければ消えてしまう。私は今「WORD」を使ってカタカタと原稿を書いているが、「保存(SAVE)」しなければ、あわわ・・・と消えてしまって編集長に叱られるのだ。つまり「よし覚えよう」という意思が必要。昨夜のおかずを覚えていないのは、頭が老化している?それは短絡的。ただ「おかずを覚えよう」という意思がないから。毎日のおかずなんてイチイチ覚えでどうする?
繰り返すが「丸暗記」は正統派学習にあらず。丸暗記で勝負は異端派だ。念のため。体系的な暗記、というと大げさだが、ずるがしこく効率的に覚えなさい!ということである。ちなみに少々オヤジギャグな語呂合わせは許す。そうやって覚えようとする意思こそを評価してあげたい。
最後に念のため補足。受験勉強の目的は志望校の合格と吠えた。ただし人生の目的は志望校の合格ではない!妙なエリート意識を植え付けては致命的だ。そのあたりの区別は中学受験に挑む子どもたちへの教育の最大テーマだと思う。
筆:鶴亀算太郎(元進学塾講師・校舎責任者・本部企画職を経て、現在はコーヒーショップで物思うご隠居。大人の事情で?ペンネームにて記しております。)
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