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受験生はある種の効果的なトレーニングを繰り返せば、ある程度は得点力が伸びる。巷(チマタ)で流行のある種の計算を繰り返せば脳は活性化されるのかもしれない。
ところが、子どもたちにとって、あるいは大人にとっても、真の学問の原動力は動機と意欲。それなくして、機械的にトレーニングしても、だだの筋肉小僧になるだけ。脳が活性化してもブンブン空ぶかしだけ。
動機といっても、オイラ東大に行くぞ!だから勉強するぞ!とか、そういう打算的な目標ではない。それはそれでよいが、今回のテーマは純粋に学問に対する好奇心(興味)のこと。小学生の頭の中、心の中には、コンコンとわき出る好奇心の澄んだ泉が残っている。それを枯らしてはならない。
■エピソード1
ある日の塾の職員室。授業の後。私はパソコンのデータ(私立中学校のホームページだったかな?)を机上のインクジェットプリンターで印刷していた。そこに、Wくん(6年生)が、「相談があるんだけど」と、私のデスクにやってきた。ところが、Wくんは、相談内容を伝える前に、印刷中のプリンターをジーッとながめて一言。
「先生、この機械ってすげぇよ!」
むむむ?どうやら、C社製のプリンターを称賛しているようだ。「これは、小さなノズルが紙にインクを吹きつけているのだ。」とツマラン説明しかできない鶴亀。「ふーん」とリアクションしながらも納得しない様子のWくん。「(プリンターの)中、見てもいい?」「いいのだが、くれぐれも壊さないでくれ。壊すと本部のエライ人に叱られるのだ。」などと、サラリーマン根性でセコい鶴亀。
プリンターのカバーをあけて、首を横にのぞき込むWくん。東京っ子でありながら、麦わら帽子と虫取り網が似合いそうなイガグリ坊主。子どもらしくてさわやかな子ではあったが成績は中の下くらい。
プリンターの内部検証?を終え、しばし私とプリンター論議。彼の主張を私が要約しておく。「インクを吹きつけるという概念は理解できるが、それにしても印刷スピードが速すぎる。パソコンのデータを受け取り、すばやい紙の送りと連動してインクを吹きつけるとすると、瞬間瞬間に寸分違わぬ正確さで各色のノズルのオンオフを繰り返さなくてはならない。その制御に現実味がない。また、それだけの仕組みを備えた機械のワリには中身がスカスカすぎる。(たしかにプリンターの中身って意外に空っぽ)」。
後日、Wくんのお母さまとお話しする機会があった。「もぉ、あの子は、くだらないヘリクツばかりいって困るんですよ。授業中もご迷惑をおかけしているのでしょうけど、あまり相手にしなくてもいいですからね。」とおっしゃっていた。が、しかし、これは、できるかぎり相手にすべきだろう。学習塾では時間も場も限られていたし、私も科学技術には疎く、申し訳ない気持ちでいっぱいである。
・後日談:プリンターへの好奇心との因果関係は不明だが、Aくんは、小6の1年間で奇跡の飛躍を遂げ、ある有名大学名を冠した中学校に進学した。今頃は、最新のパソコンとプリンターを武器に学んでいるのかもしれない。少しはスマートな男の子に育っているかな?
■エピソード2
ある春の夕暮れ。小6に進級したばかりのクラスの生徒たちと「さぁ、授業が終わったら、みんなで夜桜見物でも行くかぁ。」などと話をしていた。(もちろん生徒と夜桜見物などには行っていないが。)
そこで生徒のひとりT子ちゃんが一言。「先生、桜って、なんだか怖くない?」
むむむ!「桜の樹の下には~」と梶井基次郎ワールドか!小6にして、究極的な美の境地に達しているのかもしれないぞ!
そういう感受性もあったとは思うのだが、「どうして?」となげかけてみると、彼女は明晰な?科学的な観点で語り始めた。彼女の主張を整理すると「木の幹からいきなり花が咲くのは植物の順番としておかしい。葉っぱが先だと思う。」「他の植物と比して花の量が多すぎる。梅は花が少ないじゃないか。」の2点。つまり、自分の知識と直感との違和感ゆえに、不気味な存在として認識されたのだ。私は生物が専門ではないので、この2点にどれだけの特殊性があるのかはわからないのだが・・・。(よく考えると、多くの日本人が感じる?桜の木の妖気は、この少女の科学的な疑問点に源があると思う。やっぱりちょっと不気味なのだ。)
この少女は、ひょろっと背の高い現代っ子で、アイドルグループの写真を下敷きに挟んでいるような、どこにでもいる今どきの小学生。古いことばでいうところの「オテンバ娘」ではあった。(近所の団地でヤモリを捕まえてきては、なさけない男子生徒を恐怖の渦に巻きこんでいた。)でも、桜に限らず、ジャガイモから芽が出てくるのはスゴイ!青虫が蝶になるのはスゴイ!そういう感動体験の毎日だったようだ。
・後日談:自然界に興味を持っていたのは、お母さまやお父さまの影響だったようだ。幼い頃から(女の子であっても)お父さんとバッタ採りにでかけていたそうだ。オテンバ娘とは失礼だったかもしれない、実はお母さまの影響で、花を生ける素養も持っていた。お嬢さまイメージの?某クリスチャン女子校に進学したのだが、神聖な教会にカエルやヤモリを持ち込んでいなければよいが・・・。
■子どもたちの好奇心を封印してはならない。
さて、2人の少年少女。このエピソードの教訓がおわかりだろうか。
この2名を特別に秀でた生徒として紹介しているのではない。2人の疑問点自体のレベルが高いわけでもない。この2人の疑問は、受験勉強とは関係なく、本人も勉強とは認識していない純粋な好奇心。幼稚園児でも、ふと口にするような素朴な疑問ではないか。
そんな日常の問題意識。残念だが、我々大人たちが知らず知らずに封印してしまう。そうして学習の好機を逸する。そうならないために、子どもたちの自然な好奇心はどのようなものか知っておこう。軽く分類してみた。
○「なぜ?どうして?」
理由や仕組みを解明しようとする姿勢。これは生涯忘れてはならない科学する心。単純暗記だけでは先がないのだ。
以下、科学とはいないが、身近なハテナの例。
春に駅名の暗記についてお話ししたが、地名だって理由(由来)があるはずだ。山手線の駅名。「目黒」って何だ?「目白」とシンメトリックな因果関係でもあるのか?などと思い悩んだ経験はないだろうか?海と関係ない場所なのに「拝島」「昭島」「牛浜」(青梅線の駅。ローカルですまん。)とはこれいかに?
ま、地名の由来なんて、ちょっとした雑学知識ではあるが、いかなるコトにも理由を求める姿勢こそ学問の基本だと思う。
男の子が、思わず機械を分解してしまうのも貴重な体験。そういえば、子どもって車のボンネットを開けてエンジンルームを見せると目を輝かせるでしょう?
○「これはいったい何だ!」「この中には何があるの?」
大人が忘れてしまった、子どもの心。これも大切に。たとえば。
ケータイやテレビでおなじみの液晶っていったい何?液晶を壊すと液体が流れ出すのか?鍋に入れる「麩(フ)」て何なんだ?何からどうやって作るの?毎日、手に触れる消しゴムだけど、これはいったい何モノ?ネクタイって何なの?などなど、身近な物体や生物に、実はこれって何モノ?と、フト考え込んでしまう、ほえましいともいる瞬間。この瞬間も、その子のドラマチックな世界への入り口かもしれない。
ただし、これは極めると哲学の領域に達してしまう?
○「な~んか、納得できない」
時速1000㎞で飛ぶジェット機内でボールを真上に投げあげる。ボールは、元の位置に落ちてくる。大人たちは、「それは、カンセイのホーソクといってだなぁ~」と、さも自分で発見したかのように得意げに子どもたちに教える。そのくせ、たいして理解していない。
ところが、子どもたちはいいかげんな大人の対応を見抜いて鋭くつっこむ。「でもさ、1秒間空中にあったとしてだよ。空中でボールは270メートルも移動しているんだよ。剛速球じゃないか!おかしくない?」
大陸から稲作が伝わって弥生時代が始まりました、てなこといわれても。「誰かが日本中を教えてまわったのか?タイヘンな技術や手間を要する稲作。今だって教えるのタイヘンだぞ。納得できないなぁ。」
この好奇心は少々レベルが高い。上記の2つのツッコミだって、ヘリクツのようで、反論は難しい。
○「ええっ?ほんとぉ?」
前項と類似するが。もっと直感的に疑うパターン。
「正多面体は4面、6面、8面、12面、20面の5種類しか存在しない」。これはどうして?と聞かれても、「といわれても、実際、作ないんだもん・・・。」などと逃げがち。(もちろん証明できるが小学生には難。)「じゃあ、オレが正十面体を作ってみせるよ!」などと神へ挑戦するのも若いウチはよいではないか。
思いこみ知識で堂々と生きている大人が多いが、「ホンマかいな?」と疑う気持ちは忘れてはならぬ。聖徳太子なんて、なんかウソっぽくない?でもよいと思う。
ただし、ひねくれるのはよくない。あくまで、学問的な追究という観点でのお話。
○「これは、スゴイ!」
植物は光を浴びて二酸化炭素と水から酸素と炭水化物を生み出す。(そうですよね?)これは光合成。「ふ~ん、そういうものなのね。」と暗記するのか、「おいおい、これって化学反応の仕組みとしてスゴすぎないか?」と感嘆するか。そこには大きな差がある。
「渡り鳥はなんとなく納得できるけど、ヒラヒラと何百キロも飛ぶ渡り蝶はいくらなんでも根性ありすぎだろう!」「100階建てのビルだって、どの階にも水道も電気も通っているし、階段が余ったりしていないし、床は水平だし、建てる人スゴくないか?」など、身の回りには、なんだかスゴいものにあふれているではないか。
ちなみに、時速140㎞を超え、そのうえ変化する小さな球を細いバットに当てるイチローの能力ってスゴすぎ!という野球少年のあこがれでも、科学的な思考に導くことができると思う。(ちなみに、私は、久々に乗った新幹線「はやて」の速さに感動したぞ。)
■受験勉強だって好奇心を大切にすべし
1点でも多くの得点をゲットせよ!という段階の受験直前の6年生に、そんな悠長な理想論は通じない!とお叱りを受けるかもしれない。たしかにそのとおり。私だって、とにかく深く考えずに覚えてくれ!という指導が多い。入試というのは、学問の本筋とは異なる技術も要するからだ。
でも、ただの暗記ではなく、ちょっと「むむむ?」と考えながらの学習。最後の、理科や社会の復習(総まとめ)などで、生かしてはいかがだろうか?
9月はブドウ狩りシーズン。首都圏にお住まいであれば、山梨の甲府盆地がブドウ狩りの定番。でも、どうして山梨でブドウなの?
どうすれば好奇心の泉が枯れないか。なによりも、まずは家庭でのお父さんやお母さんがこの姿勢で過ごすべし。エアコンってどうして冷えるのかしらねぇ、とか、ケータイってどうしてつながるのかしらねぇ、でもよいと思う。お父さんがお子さんといっしょに、じゃあ明日図書館に行っていっしょに調べてみるか、という展開でもイイ!
■エピソード3
小学生と接していると、本人にとっては素朴な疑問でも、むむむむむ、と口ごもってしまうことがある。単純に私の知識不足ゆえ回答不能という事情もあるのだが、それ以上に、その視点に驚くのだ。
「先生、光の速度ってどうやって測るの?」と、ボソッと訊いてきた生徒がいた。
さて、読者の諸君!秒速30万㎞。1秒間に地球を7周半も走る光の速度は誰がどうやって測ったのかご存じかな?ほんとうに光より高速なモノは存在しないのか?
この少年は、もしかすると、ガリレオやアインシュタインなどのグレートサイエンティストたちと同じ目で世界を見ているかもしれない。
■最後に
失いつつある子どもたちの学ぶ心。それを呼び戻す授業が期待できる中学校を選んでいただきたい。これが、この記事でいちばんいいたかったことである。
平成18年8月 鶴亀算太郎
ムーヴ2006年2号掲載記事 一部改
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