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ムーヴ編集部コーナー「チーム鶴亀」
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A先生の想い出

さて、ムーヴをお読みの皆さん、今年も、空気を読まず?登場する鶴亀算太郎です。今年の私の受け持ちテーマは、ずばり、「受験勉強」。日々の学習について、参考になって、もしかして、ちょっとでもテストの点が上がれば、嬉(うれ)しく思います。

さて、ムーヴの誌面を私物化して、私の幼少時代、イトウミサキ嬢のように美しく、マリア様のように優しい先生の想(おも)い出をお話ししたい。
というのは、もちろん、冗談。私の塾校舎勤務時代の同僚(男性)の話題。色気のない想(おも)い出ではあるが、受験勉強のヒントになるのでは?と考え、記したいと思う。

さて、「A先生」と記す。ホンマのイニシャルはもっとアルファベットの後の方。私の校舎で、主に算数を教えていた。塾組織内で、特に身分や肩書のない若い一講師である。余談だが、今も、鶴亀の、よき飲み仲間でもある。

教室のパーティション(仕切り)が、ガラスだったので、私の講義中、まわりの授業を見渡すことができた。声も聞こえる。

さて、ガラス越しに見るA先生の算数の授業。あまり板書をしない。そもそも、教壇で熱弁をふるう姿も珍しい。じゃあ、何をしているかというと、とにかく、生徒が、何か手を動かしているシーンが多い。「テストでもやっているのか?」と感じるほど。

私が奉公していた塾は、まあまあの規模で、ビジネス的言い方をすれば、「多店舗展開」していた。ある地域には、駅ごとに看板が見えるような塾ではある。(今はどうなっているのかな?)共通の教材、スタンダードなカリキュラム、基本的な指導メソッドが、マニュアル化され、立派なファイルにとじられている。店舗によるサービス品質のバラツキをなくすのは企業としての当然の姿勢だ。お隣駅の教室でも、原則としては、同じ「品質」の授業が行われている。(はず。)

そんななか、A先生は、一見、個人プレー的な行動が、本部の3階の(4階だったかな?)エライ先生に、目を付けられ、一応、校舎の責任者の私は、ときに、「部下(講師)をちゃんと管理しろっ」と脅されていた。

それでも、私はA先生を重用した。なぜか。ずばり、生徒の成績が客観的なデータとして伸びているから。けっして、鶴亀の飲み仲間だから、優遇したのではない。念のため。鶴亀は、その辺、義理人情に冷たい。仕事は仕事。

さて、実は、A先生は、見かけの印象ほど、カリキュラムを逸脱したり、独自の教材を使用したり、そんな、個人プレーはなかった。むしろ、「自作の教材とか、カリキュラムとか、メンドクサイですよねぇ。そんなヒマあったら生徒に直接教えますよぉ。」というタイプ。単に、授業の手法がちょっと違っただけ。

A先生の授業を、室内に入り見学したことがある。校舎責任者は、ときとき、こんなのぞきチェックが一応責務。「人事考課」とかあるし。。

新単元。まず、「さぁ、テキストの例題を読んでぇ」。それが導入。一瞬で終わり。A先生いわく「立派なテキストの解説があるのに、何で、わざわざ、私が板書して説明しなければならないの?」ごもっともである。例題を読ませたら、いきなり、「じゃぁ、その下にある類題1をやってみようか」。テンポはよいが、なかなか乱暴な展開だ。生徒は、「新単元なのに~」と迷いながらも、とりあえず鉛筆を握る。「わかんなきゃ、例題の解説、もう一回、見ろよぉ」と、極めて親切な?アドバイスをするA先生。生徒が戸惑う間、なんと教室の後ろで生徒を眺めている。「だって、後ろから見ていた方が威圧感や支配感あるし、後ろから姿勢を見れば、何考えているかわかるでしょう?」とA先生。う~む。それは実は私も同感。

さて、ある程度の時間が経過したら、サラッとヒントやアドバイスを授けはじめる。A先生は、たいてい、成績別(習熟度別?)クラスの2番目か3番目。スラスラと理解できる子たちではなかった。でも、ベタベタに親切な説明はなし。あくまで「アドバイス」。いきなり答えも伝えない。以後、その繰り返し。

さて、教訓。そろそろ本題に入ろう。

学習の基本は自学自習なのだ。自分で悩み、自分で解決し、自分で表現する。これが、理想的な学びのフロー。世は、素晴らしい授業を受ければ、成績が上がると勘違いしているが、学問は、そんなに甘くない。

私も「オレの説明でわかったか?」と尋ねると、おりこうさんな子どもたちは「うん、鶴亀先生の説明は、いつも、とってもわかりやすいよ!」と答える。(ちょっとウソ。)が、しかし。私の説明が理解できても、テストで得点できないのだ。理解したはずの、同じ問題でさえ解けない場合がある。
というわけで、プロ教師として、「素晴らしい授業」は当然の前提として、それを、いかに、生徒の力として反映させるかが腕の見せどころ。それは、「理解」とは別のステップだから。世は「応用力」を呼ぶ(ことが多い)。が、私は「自己表現」と呼ぼう。「理解力」と「自己表現力」。この違いを知ること。これ、重要!

自己表現力を身につけるには、問題意識喚起から、順を追って自らかみしめた経験、そして、自らわき出る意志が求められる。与えられた解説にフムフムと納得するだけでは、誰も助けてくれないテスト会場での自己表現はムリ。

A先生は、まず、緊張感のある場面で、「予習」させる。苦労して問題を解かせて「問題意識」を持たせる。そこまで耕し吸収力が高まった状態で、ヒントやアドバイスを与える。ギリギリまで、解答を押しつけない。その学習の王道的なプロセスを、短い時間にシミュレートしていたのだ。

なかには、正答に至る生徒もいる。本人はウレシイだろう。だって、自らの力で学んだのだから。A先生も「スゴイじゃん!」と大げさに褒(ほ)める。自己流で、泥沼の計算におぼれている生徒もいる。それはそれで問題意識として先につながる。いつか、自力で泥沼から抜けだし、草原で地平線を見渡すだろう。

家庭でも、塾の空き教室でもよいが、自学自習の時間こそが力を蓄える場。塾に通って多くの授業を受けているから大丈夫、と誤らないように。テレビで放送大学を見るだけで、東大理科Ⅲ類の数学が解けますか?(解ける方はすみません・・)週1回、英会話教室に通って、ペラペラになりますか?(話せる方はすみません・・)やっぱり、テレビを見る前後に、レッスンの前後に、自分で努力してこそ、実になるのでは?

そこで、まず、家庭学習があって、その助けとして塾(あるいは家庭教師)が存在する。それくらいの姿勢であってほしい。自分の学びに塾を利用する。塾中心で予習復習があると考えるより、ポジティブだろう。けっきょく、最後に成功するのは、自分で、黙々と学ぶ子である。5年生なら、これからその習慣を身につけよう。6年生でも、まだ間に合う。無理やり、手取り足取りで、たたき上げるのは、限界があり、冬の失速(ライバルのラストスパート)で、フラフラと順位を下げてしまうのも悲劇だ。

***

さて、A先生の教訓にはもうひとつある。付け足しておこう。それは、A先生の強烈な厳しさ。
塾の授業後、職員室に呼び出され、A先生の横で、しょんぼりするヒトリの男の子。実況中継しよう。( )は隣席の鶴亀のつぶやき。

「あのさぁ~」(鶴:ガラ悪いって・・・)
「はい・・・」(鶴:すでに怯(おび)えているな・・・)
「どうして、やれっていわれたこと、やんないの?」(鶴:宿題でも忘れたのかな?)
「やろうとしたんですけど・・」(鶴:子どもらしい古典的なイイワケだな・・)
「あ~?何かいったぁ?」(鶴:だからガラ悪いって。一応、教育現場・・・)
~中略。具体的お説教~
「でも、一生懸命勉強してるんです。(泣きべそ)」
「○○(生徒名)さぁ、合格発表で、自分の番号なくて、『一生懸命やったんです』って泣くの?そしたら、合格させてくれるの?」
「いえ・・・。」
「だいたいさぁ、一生懸命やって70点より、テキトーにやって90点のヤツが、勝ちなんだよ。世の中。」(鶴:大人は確かにそうだが・・)
「・・・・(本泣)・・・」(鶴:わ~、お母さんからのクレームにならなきゃいいけど・・・)
「そもそもさぁ、男が『一生懸命やります』と『かんばります』とかいうなよ。影で努力しながら、人前ではクールに振る舞うのがカッコイイだろ。」(鶴:そういわれても小学生にはキツイ・・)
「(頷(うなず)きながら泣く)」
「○○がコッソリ努力して90点とったら、テキトーな90点のヤツよりエライよ。それは認める」(鶴:少々論理がおかしいが、微妙に泣けるフォローではあるな)

不思議なことに、この2人は、次の授業時には、ロベルトバッジオとデルピエロ(ともに当時のイタリアサッカーのスター・A先生はスポーツマニア。)のどっちがカッコイイか、喜々としてディベートしている。なんだんだ!(鶴)。こんなに乱暴モノのA先生は、なぜか生徒に人気。受験終了後、合格した生徒たちの輪ができている。見ると、鶴亀組の生徒まで参加しているし・・(汗)。叱られクンの母さんからも「いつも、ウチの子が、気が弱くてすみません・・」といわれて恐縮していた鶴亀。

さて、なぜでしょう。賢明なる読者の皆さまはおわかりですね。

子どもたちは、志望校に入りたいと願っている。それ以前に、つまり受験とは関係なく、しっかりと勉強して、力を付けたいと願っている。それが健全な成長への意志。もちろん保護者の方も、志望校に合格してほしいと願っている。そこで、少々厳しくても、自分を導いてくれる力強い教師に信頼を寄せるのだ。中途半端に「いいこ、いいこ」されるより、「もう、いいから、今日はかえって10時間くらい寝ろ!その分、明日、小学校終わったら、塾に来て、漢字でも書いてろ!」などと、ズバッと指示(威嚇?)された方が、少なくとも、その夜は、安心して眠るだろう。次の日、授業の前に、漢字練習帳を持って、トコトコとけなげにやってくる。つまり、そういうこと。微笑(ほほえ)ましくも、涙ぐましい物語は塾にもある。少なくとも、小学生は、まだ純朴なのだ。

結果、A先生のクラスの子は、鶴亀組(当時、最上位クラス)の生徒を脅かすパワフルな存在だった。
***
極端な例を、さらに、少々脚色してお話しました。もちろん、これだけの記載では、A先生って、ちょっと問題では?とお感じかもしれない。もちろん、A先生も、生徒によって話し方を制御している。ほんとに追い込まれた子には、気持ち悪いほど、優しい口調で教えたりもする。誤解なきよう。少々変わり者ではあったが、あくまで職業的な演出であり、社会人として、私の在籍した学習塾の異端児ではないです。念のため。

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以上、ご家庭の方針や、お通いの塾の方針と相いれない話題だったかもしれないが、何かのヒントになれば、と願い、ムーヴ編集長の許可を頂いて掲載します。6年生は、受験まで、数か月。健やかな学びでありますように!

追:
余談だが、子どもたちは、少々アウトローな香りを漂わせる教師が好きだ。これは、一連の学園ドラマの基本設定だろう。アウトローだけど頼りになる、ってオチ。ま、テレビはテレビ。ジャージ姿にメガネでも超美人な教師なんて夢物語ですけどね。ちなみに、A先生はルックスで女子生徒の人気を集めるタイプではない。口の上手いタイプではある。うらやましい。

A先生の想(おも)い出を語ると、鶴亀がまっとうな人格に見えるでしょう?実は、意外に小心者の鶴亀でした。

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